利根川から引いた見沼代用水を見に行く 都心近くで自然を楽しむ

歴史を感じる旅
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利根川から引いた農業用水である見沼代用水を見てきました。

見沼代用水は見沼用水に変わる用水という意味を持ちます。

現在見沼代用水が引かれているエリアにはかつては見沼溜井と呼ばれる人工の貯水池があり、そこから農業用水を引いていました。

それが見沼用水です。

見沼溜井は1629年に伊奈忠治が八丁堤と呼ばれる堤を作ったことで生み出されたものですが、そもそもの水量不足や溜井周辺の洪水被害が問題としてありました。

そこで8代将軍徳川吉宗の命を受けた井沢弥惣兵衛為永が1727年に約6ヶ月という期間で利根川からの用水の引き入れ、見沼溜井の干拓及び新田開発、排水路や中悪水路の掘削工事を行い、新たな農業用水である見沼代用水を整備しました。

この井沢弥惣兵衛為永は元紀州藩士で土木工事の実績があったため60歳の時に召し出された人物です。

見沼代用水は既にかつての形から手が入っていますが、その一帯は開発規制が入り自然公園として保全されています。

そのエリアを散策してきました。

浦和美園駅からバスに乗る

浦和美園駅、浦和駅、大宮駅などからバスで見沼自然公園まで行くことができますが、地図上で近そうに見えた浦和美園駅からバスに乗りました。

改札を出て右側の西口を降りたところから大宮行きのバスです。

出発したら10分程度で見沼自然公園最寄りの締切橋につくので降車しました。

締切橋バス停

農と見沼代用水の原風景コースを歩き出す

さいたま市の見沼田んぼのホームページにいくつか散策コースが載っていたのですが、そこから農と見沼代用水の原風景コースを選択し歩き出しました。

農と見沼代用水の原風景コース|見どころと散歩道マップ|見沼たんぼのホームページ

見沼自然公園がスタート地点です。

見沼自然公園周りの風景1
見沼自然公園周りの風景2

歩き出してすぐ見沼代用水の石碑がありました。

見沼代用水石碑

近くには、この後何度も見かけることになる案内板もありました。

見沼代用水案内板

深井家の長屋門にたどり着く

このように周りを眺めながら歩き出したのですが、最初の目的地に向かう途中でマップに載っている道が見つからず早速困りました。

水路にかかる橋を渡って坂を登ったらすぐ右に曲がると記載があったのですが、右に曲がる道はどれも行き止まりで先に進めませんでした。

周りを何度か往復して道を探したのですが見つからず、最終的には水路沿いに沿って次の橋まで行って回り込んで向かいました。

自然あふれる小道を進むと深井家長屋門にたどり着くことができました。

見えてきた深井家長屋門
深井家長屋門

深井家は上野田村の名主役をつとめた家で、その表門が有形指定文化財になっています。

名主とは村の政治を担う家のことで、江戸時代には武家との連絡役でした。

茅葺屋根が立派でした。

深井家長屋門の茅葺屋根

ちなみにこちらの奥には人が住んでいましたので見たらすぐ立ち去りました。

鷲神社でパワーをもらう

深井家長屋門を後にして次の目的地である鷲神社に向かいました。

川を渡っていくつか民家のあるエリアを進んでいくと木に囲まれた神社がありました。

鷲神社

このエリアは南部領辻というエリアでかっこいい地名ですが、由来はよく分かりませんでした。

盛岡藩南部家と関係するとか、藩の南部に存在していたからなど諸説あるようですが、確実に正しいと思える説は見つかりませんでした。

ついでながら、南部領辻は獅子舞が有名で神社の脇に立看板がありました。

鷲神社自体は、平安期に八幡太郎義家が奥州に下向する際に立てられたと社伝では伝わっているようです。

鷲神社御由緒立看板

社が1つ木に囲まれたこじんまりとした神社ですが、鳥居をくぐって社に近づくと静かなのも相まって別世界に来たような感覚を味わえてよいところでした。

鷲神社内部から

見沼代用水東縁沿いを歩き緑のトラスト保全第1号地にたどり着く

鷲神社を出て次の緑のトラスト保全第1号地に向かいました。

鷲神社の近くには天正5年(1577年)に法印良秀によって建立された総持院という由緒あるお寺があったため立ち寄り参拝しました。

総持院鐘楼門

続けて歩いていくと竜神がおりました。

竜神

見沼のあたりには竜神伝承があります。

見沼代用水整備の責任者である井沢弥惣兵衛為永と竜神のエピソードも残っています。

弥惣兵衛のもとに「沼を残してほしい」と美女に扮した竜神が伝えに来たため、住処を失う竜神のために万年時に竜神灯と呼ばれる神灯を奉納したというものです。

また、弥惣兵衛が病で倒れた際には沼を奪われた竜神の怒りに触れたと近隣の住民が話していたという話も残っていました。

竜神を後にしてもう少し歩くと橋があり渡った先の左手が緑のトラスト保全第1号地でした。

緑のトラスト保全第1号地の看板
緑のトラスト保全第1号地

周辺は最も見沼らしい景観を残した場所らしく地元の方々の活動で維持されています。

コースマップ上は中を通れるのかなと思ったのですが原則中に入るのは禁止でした。

竹が生い茂っており今の開けた見沼からは想像できない昔の姿を想像させてもらえました。

ついでながら、渡った橋の欄干のところに東縁と記載されておりました。

見沼代用水東縁

見沼代用水は東西に分かれて流れているところがあり、西側のものが西縁、東側のものが東縁と呼ばれています。

緑のトラスト保全第1号地につくまでの間は用水路沿いに歩いたのですが、その用水路は東縁でした。

折り返し地点の國昌寺にたどり着く

緑のトラスト保全第1号地を後にして歩き國昌寺にたどり着きました。

國昌寺入口

國昌寺は戦国期に心巌宗智により開山された寺です。

山門は棺を通すと竜に食べられて軽くなるという伝説があり常に閉じられており、開かずの門として有名です。

國昌寺開かずの門

今回歩いているコースは、南に行ってから1度スタート地点に戻った後北に行くというコースでした。

その南端が國昌寺でしたのでようやく折り返し地点です。

道に迷ったりしていたため歩き始めてから既に2時間30分経過していました。

見沼自然公園に戻り井沢弥惣兵衛と対面する

國昌寺は折り返し地点であったため、来た道を戻り見沼自然公園に戻りました。

歩き始めた際はすぐに深井家で長屋門を目指し公園内をあまり歩かなかったため、このタイミングで公園内を軽く回りました。

池がある自然豊かな公園で、子ども連れの家族で溢れていて賑やかでした。

自動販売機があるのですが現金しか使えず、私が暑さにやられていたのは余談です。

公園の中央付近の原っぱに今回のお目当てであった井沢弥惣兵衛為永の銅像をお目にかかれました。

井沢弥惣兵衛為永銅像
井沢弥惣兵衛為永説明板

井沢弥惣兵衛為永は紀伊出身の農民で紀伊藩で水利、新田開発事業に携わりました。

水利事業とは農業用水の確保から排水までを組織的にできるようにする事業のことです。

土木事業のスペシャリストである大畑才蔵に師事し事業に携わる中で評価を高めました。

享保元年(1716年)に8代将軍に徳川吉宗が就任すると、吉宗が紀州徳川藩主の時代に実績をあげていたことにより享保7年(1723年)に幕臣として召し出され勘定所という役職で活躍しました。

数ある功績の中でも代表的な実績が享保12年(1728年)に完成した見沼代用水の建設でした。

当時の技術レベルからすると非常にレベルの高いものであったそうです。

先ほども書きましたが弥惣兵衛目当てでしたので、この銅像を見られたことで非常に満足しました。

銅像の周りは家族連ればかりで子どもが飛び回っており写真を撮るのは少し恥ずかしいです。

七里総合公園まで1時間歩く

井澤弥惣兵衛為永銅像のところで15時でしたので少し歩幅を広げて次の目的地である七里総合公園に向かいました。

田園風景が続く見沼代用水の東縁沿いを歩いていきます。

見沼田んぼ

途中には見沼弁財天がありましたのでお参りしました。

見沼弁財天

弁財天は川を神格化した神様です。

弁財天をこえてなお歩き続けます。

現金を持たずでしたので歩き始めてから1度も飲み物を入手できていなかったのですが、道沿いにコンビニがありようやく入手できました。

コンビニを過ぎて少し歩くと七里総合公園にたどり着けました。

七里総合公園

七里総合公園は見沼代用水東縁に隣接した水の流れる公園です。

真ん中に大きな浅い水路があり、子ども達が水遊びをしていました。

大きなグラウンドが併設しており軟式野球をする子供たちもいました。

16時過ぎあたりで到着し目的地としての用以外は特になかったため立ち止まることなく出発しています。

旧坂東家住宅に向かう

旧坂東家住宅に向かって歩きました。

旧坂東家住宅は見沼自然公園の近くにあるため戻るような道のりです。

道のりの途中には大谷ホタルの里、加田屋新田がありました。

大谷ホタルの里

大谷ホタルの里は周りを木々に囲まれ真ん中に水が流れる小さな公園です。

東縁沿いを歩いていたときに田んぼを見すぎていたため慣れており、加田屋新田の写真は撮り忘れました。

大きく整備された田んぼでした。

コースマップ上は田んぼの間を歩いていけるようなコースになってましたが、草が生い茂っており間を歩くのは厳しかったです。

大谷ホタルの里、加田屋新田を過ぎてなお歩き車通りの多い道路に突き当たると、旧坂東家住宅に到着しました。

旧坂東家住宅

旧坂東家住宅は、江戸時代に加田屋新田を作った坂東家の昔の住宅を再現したものです。

開館時間が9時から16時30分でたどり着いた頃には17時を越えてしまっていたため、中に入ることはできませんでした。

入ることができなかったのは残念ですが、これで全行程完了です。

見沼天然温泉 小春日和に寄ってバスで浦和美園駅に帰る

旧坂東家住宅から歩いて15分ほどのところに見沼天然温泉小春日和があったためそちらに寄りました。

よくあるスパですが露天風呂とお食事どころが充実していました。

サウナもありますが混み合う時間帯で並んで入る必要がありましたので断念しています。

このコースでは結構砂や汗で汚れていたため助かりました。

身体を綺麗にしたら旧坂東家住宅近くにある三崎台バス停に戻ります。

少しバスを待ち浦和美園駅まで戻りました。

バスは21時くらいが最終で比較的遅くまでありますが、1時間に1本程度しかないのは注意です。

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