井伊家の菩提寺である龍潭寺がある井伊谷を訪問しました。
井伊家とは譜代大名の名門で江戸幕府を支えた名門です。
井伊家は為政者側ですので名が残っている人物が数多くいますが、その中でも井伊直弼は教科書にも出てくる有名人です。
関ヶ原合戦後、井伊家の井伊直政は近江国彦根藩を与えられているため、滋賀県のイメージも強いかもしれませんが、発祥は現静岡県の遠江国井伊谷です。
井伊谷には未だに井伊家の菩提寺である龍潭寺が存在します。
こちらを訪問し、合わせて周りの井伊谷城などの史跡も見てきました。
浜松駅前バスターミナルからバスに乗り神宮寺停留所で降りる
浜松駅前にバスターミナルがありそこから奥山行の遠鉄バスに乗ります。
時刻表はネット上で確認できます。
私は祝日に行きましたので1時間に1本程度バスがありました。
バスに1時間弱乗ると神宮寺のバス停に到着します。
祝日でしたので参考になりませんが、座れないことはなさそうでした。

バス停周りはのどかな場所ですが、すぐ近くにコンビニがあります。
井伊谷宮にお参りする
神宮寺バス停で降り、龍潭寺方面に5分ほど歩くと、龍潭寺手前に井伊谷宮があります。

後醍醐天皇第4皇子で宗良親王が御祭神です。
宗良親王は南北朝動乱期にこの地にて活躍したとされている人物です。
明治5年に、格式の高い神社であるとして官幣社となりました。
参拝するため参道を進みます。

普段は分かりませんが、年末年始であったためか屋台が両脇に並べられています。
参道の途中には井伊谷懐古三首の碑があります。

近現代に活躍した東洋の思想哲学に逍遥した安岡正篤の漢詩が刻まれています。
参道を抜けて石の鳥居と木の鳥居を抜けると拝殿があり参拝させていただきました。

拝殿の付近には、南北朝時代の井伊家12代当主井伊道政の建てた井伊社という本社に付属する摂社がありました。


井伊谷宮の奥にさらに進むと宗良親王の御墓があります。



龍潭寺に井伊谷宮から入る
手前の井伊谷宮に立ち寄ったのですが、奥で龍潭寺とつながってました。
本当は厳かな門から入るのが趣味なのですが、戻るのも面倒なのでそのまま龍潭寺に入らせていただきました。
井伊谷宮から入ると最初に井伊氏歴代墓所がありました。

正方形状にならべられており、正面左に22代井伊直盛公、右に初代井伊共保公の墓があります。
井伊直盛公は桶狭間の戦いで今川義元に従軍し、義元とともに悲運の最期を遂げた人物で、井伊直虎の父にあたります。

左右の墓はこぶりですが小ぶりですが左の5つ並んでるうちの最も手前が井伊直政公、奥から2つ目が井伊直虎公の墓です。
井伊直政公は言わずもがなですが、徳川家の重臣で家康の信頼が厚く活躍し彦根藩の祖となった人物です。
赤備の軍隊を指揮し数多くの武功を立てたことから「井伊の赤鬼」と称された人物でもあります。
井伊直虎公は今回私が龍潭寺を訪問するに至った理由の人物ですが、井伊家の当主が不在の中、女性ながら還俗して家を支えた人物です。
この時代に女性の事績がまとまって残っていることは珍しく大河ドラマにもなりました。



そこから本堂入口目指して道を進んでいくと、申し訳ないのですが誰かわからない石像と龍潭寺本堂修復記念瓦がありました。


本堂修復記念瓦は大正10年(1921年)のものだそうです。
これらを通り過ぎるとついにお目当ての本堂を正面から見ることができました。

本堂正面には大きな鐘楼があります。

井伊直政公出世之地というかっこいい石碑も立ってました


龍潭寺の本堂にお邪魔する
本堂は拝観することができるので、当然拝観させていただきました。
拝観料は大人は700円でした。
入口入ってすぐの本堂の廊下で、陽射しが入り込んできて気持ちよかったです。

この廊下からは補陀落の庭が撮影できました。
案内板によると、補陀落とはインドの南端にある観音霊場に因んで名付けられたそうです。


奥に進んでいくと歴史的価値のあるものではありませんが、井伊直虎公がお出迎えしてくれます。

許嫁である幼少の井伊直親がお家騒動で信濃に逃げのびた後に井伊直虎は一度出家したのですが、戻ってきて当主となった井伊直親の死後、適切な後継ぎがおらず還俗して後を継いだため尼の格好をしています。
一応井伊直親の話もしておくと、政敵であった井伊家重臣の小野和泉守が亡くなったことで信濃から戻って来ます。(諸説あります)
当時の当主であった井伊直虎の父である井伊直盛が桶狭間の戦いで戦死すると、その後を継いで当主となりました。
しかし、織田信長・徳川家康と密通した疑いをかけられ、今川氏真家臣の朝比奈泰朝に引馬城(浜松城)で28歳の若さで誅殺されました。
本堂の反対側まで行くと、著名な大名であり茶人である小堀遠州が作庭した龍潭寺庭園が見られます。

調和や平衡、色鮮やかな花が特徴らしく、この龍潭寺庭園でもその特徴を見ることができます。
私の写真は明らかにベストショットではありませんが、綺麗に手入れされたお庭でした。
庭の横にも本堂が続いているのですが、そこの窓を開けてくれているため本堂と庭園の写真を撮ることができます。

今見ても本当に綺麗です。
一度撮影して出ようとした際にもう一度見たいなと思い、再度この庭のところに戻って撮影させてもらい本堂を後にしました。
井伊共保公出生の井戸を覗きに行く
本堂を出て改めて寺内を少しぶらぶらした後、寺を出てすぐのところにある井伊家初代の井伊共保公出生の井戸に向かいました。
寺を出て道路を1つ挟むと見渡す限り田んぼなのですが、その中に塀に囲まれた区画があり、それが井戸のところです。

中にある小さな井戸で井伊共保公が出生したと言われています。

出生の碑もありました。

渭伊神社へ移動する
お目当ての龍潭寺・井戸に行けたのですが、せっかくなのでもう少し周りを散策してみることにしました。
とりあえず近くに渭伊神社という井伊家の氏神を祀る神社があると看板にありましたので、そちらに向かって歩きだしました。
向かう途中でのどかで(荒れるときもあるかもしれませんが)きれいな神宮寺川を渡りました。

神宮寺川にかかる橋の欄干には、井伊家の家紋である井桁がついていておしゃれでした。

歩き出してから10分ほどで渭伊神社に到着しました。

境内に大きな木が並び古い社殿が並んでおり、拝殿はどことなく厳かな雰囲気を感じました。

境内を見渡すと奥に古墳時代の天白磐座遺跡があるという看板を発見し、奥に進んでみました。

写真が悪いですが、天白磐座遺跡です。
天白磐座遺跡は、巨石を神の拠り所として見立てた古代の祭祀場だったそうです。
周りを神宮寺川に囲まれていることもあり、水霊の祭祀場だったと考えられているとのことです。
井伊谷城跡まで登る
ここまでまわって尚次のバスまで時間がありましたので、渭伊神社から歩いて10分ほどのところにある井伊谷城跡にも訪問しました。


井伊谷城は丘陵の標高115mのところにある城で、行くには多少の汗をかく必要がありました。
ただ、登ると周りに高い建物がなく井伊谷一帯を見渡すことができ気持ちがよかったです。

遠鉄バスで再び浜松駅に
井伊谷城跡からの眺めを堪能して一息ついたら丘陵を下り神宮寺駅に戻りました。
1時間に1本程度しかない遠鉄バスを待ち、帰りました。
近くには一応蕎麦屋さん?だったか食事処のようなところがあるので少し時間は潰せるかと思います。
私は寄り道してご飯食べて帰ろうと考えていたのですが、バスが来るまで30分と微妙な時間になってしまったので帰路に着きました。

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